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HRが終わって
HR連載中は、かろうじて月いちでつけていたブログでしたが
ここでペースを落とすのもなにかと思うから
繰言にはなると思うけど、語ってみようと思う。

※注意※
作品とは関係ない上におそろしく長文になってしまったので、
作家活動としての記事を期待していた人は、続きはスルーすることを勧めします。

HRの締め切りがない月のなかばというのが3年ぶりになるわけで、
ああ、終わっちゃったんだなと思った。
よく月間連載なんて出来たなあと我ながら関心する。

相変わらず自分には、プロとしての自覚はありません。
運良く商業での活動の場をもらえてしまった一般人という感覚は
未だに抜けていないし、それは事実でもあるから、
その一般人として、毎月なにもないところから作品を作り出すという
そのことが、とてもものすごいことに思えてしまうけど、
ともかく3年間つづけてこれた。

5年前、まだ漫画なんて描けなかった頃
1本でも読めるものが描けたら、それだけでもすごいと思ってたし、
何本も自分に描けるとは思いもしなかったし、
ましてや月間連載なんていうものは想像も及ばなかった。

世の中の評価如何にかかわらず、
最低限読めるものを作り出すことですら、相当困難なことだ。

きっと、それができるのは
一部の限られたすごい人だけなんだろうと
かつては思っていた。

しかし、現実は違っていた。
作り出すことは、すごいことかもしれないけれど
作り出す人がすごくある必要はなかった。
条件さえ整えば誰でも出来ることだと思う。

創り出したい、届けたい、誰かが喜ぶことを感じたい。
そういった気持ちがあれば、意外とできてしまうんだってことは
デビューから4年半の間、ずっと実感していたことだった。

創り出すのに才能や技術は要らない。
あったらあったで、よりよいものを作れるかもしれないけど
あったからといって、必ずいいものが作れるとは限らない。

必要なのは、作りきる努力と表現したいという気持ちだけ。

ただ実力が伴わない場合は、それだけじゃ描けないんだ。
実力をおぎなうための奇跡が必要になるんだけど、
表現したいと願う気持ちが、神様だかなんだか知れないなにかに
届いたときに奇跡が起きるんだと思う。

毎月、ほんとにどきどきしていた。
今月こそ描けないんじゃないかって思ってた。
奇跡はもう起こらないんじゃないかっておびえながらも
悶絶してるうちに、気づいたら奇跡は毎月続いた。

世間的な絶対評価と照らし合わせたくはないけれど
自分としたら、毎月1,000%以上の出来栄えだった。
自分が実力だけで創り出せると思っている限界値の
10倍以上のものが毎月出来上がっていたのです。

これが自分に描けたんだ?
毎月脱稿するたびに、そう思っていました。
そうしたら今度は、せっかくだから早く見てもらいたいと
思うようになり、脱稿から発売日までは待ち遠しかった。
締め切りを引き伸ばしてもらった月は、
編集さんや印刷所には申し訳なかったけれど
待っている日数がすくないのがとてもうれしかった。

HRが終わった寂寥感と同時に
今度こそもう奇跡は打ち止めかもしれないという恐れがある。
少なくとも仕事のオファーはまだあるので、
続けようと思えば続けられる長月みそかとしての人生。

努力はしてきたが、最低限読めるものをコンスタントに創り出せる
自信となるほどには、まだまだはるかに程遠い実力。
続けるのならば、奇跡も続いてくれないと困るのだ。

ただ、表現したい気持ちを強くもって
努力してるうちに奇跡はおりてくるものだと
そう信じるしかないのは、今までの経験でわかったことで、
今後もそうあるしかない。

もちろん、世の中の大半のプロの先生方は
ちゃんと才能と技術といったそれぞれの実力で描いてるはずだけど
僕のような才能に乏しい人間でもこのように
表現活動を実現することができる。

シンデレラ的デビューをして運良くプロ活動が始まったときから
僕のこの表現活動が、自らの才能や表現することに戸惑いを持つ
多くのアマチュアの人の希望の光になればと常々思っていた。

奇跡は奇跡であり、確実にものにする方法はないので
未だに恐れはあるわけだけど、それでもこうやって
HRの3年間の連載を無事に終えることが出来た。

表現したい、喜んでもらいたい
この気持ちがあるなら、まずは動いてみたほうがいいと
そう言いたい。

動けないなら、それは二つばかりのものが邪魔してるんだ。
つまらないプライドか、あるいは怠惰な精神か。
すごいものが作れないなら、面倒だからやりたくない。
これは仕方ないことかもしれないけど、
もし表現したい情熱がプライドよりも強いのなら、
動いたほうがいいね。

喜んでもらいたいということは、
すごいものを作らなくちゃいけないってこととは
必ずしもイコールじゃない。

喜んでもらうために頑張れば、奇跡はおこるし
その先にきちんと、喜んでもらえるという幸福が待ってる。
HRを通して僕が学んだのはそういうことでした。

表現活動は、限られた人だけの選民的特権じゃないんだ。

こうやって、この幸福を知ってしまった身としては、
漫画を続けることが個人的に困難だとしても、
これ以上の作品を今後作れないかも知れないとしても、
まだまだ苦悩の日々を送ることになるんだろうなと思う。

これは、表現活動に限ったことじゃなくて
どんなことにも当てはまるかもしれない。
歯の浮くような青臭い奇麗事だけど、
誰かが喜ぶことを望む気持ちは、
きっとどんなポテンシャルよりも大事なんだと思う。

まあ、確かにそうなると、この気持ちっていうのは、
プライドなんかよりもはるかに性質が悪くて
もっと喜んでもらいたいと思うことで、
より苦悩することになるのも事実なんだけどね。



長月みそかとしての創作活動は、
実際のところ商売としてはかなり厳しいものがある。
描ける量が少ないことと、商売としてなりたつほどには
売れていないからだ。

もっと早くたくさん描けるようになって、
もっと売れるものを描けるようになれば
それらは解決するのだけど、
僕の望む表現へのカタチと反しないように
それらを解決する方法というのが難しい。

無理をしてそれに反したものを作るくらいならば、
経済的な側面を考えずに、表現だけを考えたいが、
それだけだと、いつか破綻する。

どこかに歪みが来るのが怖くて
早く描くためとか、売れるための方法論とかは
なるべく考えないようにしている。
やってるうちに、なんとかなると信じるようにしているが、
現実問題としてすでに経済的には破綻はしているので、
やむを得ず商業活動を停止することも視野には入れています。

自己顕示欲や営利目的での活動ではないので、
無理に経済的に機能させるためにゆがませてまで
商業活動に固執する理由は僕にはありません。

ただ、多くの人には見てもらえる商業活動。
続けるには才能や実力が乏しいことがネックになってくるけど、
それでも表現への情熱はまだ勝っている。

もし希望の光になりたいのなら、
次になすべきは、表現性を犠牲にせずに
生活をなりたたせることかもしれない。

どうやったら売れるかというのは興味がないし、
考えれば考えるだけゆがみそうなので除外するとしても
少なくとも、表現性を損なわずに
月産枚数を増やすことくらいは考えてみようと思う。

LOの時も、大体2,3ヶ月で20p
HRが月6pと、ペースはあまり変わっていない。
数字にすると、たしかにこれじゃ商売にならないわけだ・・・。

もっとも、描くのを早くとは言っても、
僕の場合、構想に8割、作画に2割という時間配分なので
構想時間の短縮が今のところ課題です。

いいかげん長くなってきたので、
今回は語りはこの程度にしておこう。

さすがに、こんな文章だけじゃつまらないだろうから
そのうち近況報告でも書こうかな。




COMMENT

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「5年前、まだ漫画なんて描けなかった」からの文章にガツンと衝撃を受けました。
「そうだ!動かなきゃ!」って気にさせられました。
おつかれさまです。
もちろんまた長月みそか作品を読みたいと思う気持ちはありますが、情熱で生まれたもの以外は紙の無駄ですし、良い作家さんが健康な毎日を送ってくれている方がよっぽど嬉しいです(笑)
奇跡の証人であれたことを喜ばしく思います。
実は先ほどようやくHRを執筆されていたことを知りました。前作から3年になるんですね。
見たかった催し物に間に合わずたどり着いたら閉館でした…の心境です。
ほんわりほのぼので淡くドキドキさせられる何とも表現が難しいですが、
例えるならその世代で習ったような枕草子の「いとおかし」的な心地よい作品でした。
HRもこれから取り寄せて読んでみようと思います。とても楽しみです。

気が向いたらいつでも帰ってきてくださいよぉ~
HRと過去の作品も読ませていただいています。
1ファンです。

私も、と書くのはちょっと違うの思うので、私は今技術半分創造性半分といった具合の
仕事をしています。
そこでやっぱり思うのは全てがお一人でないにしてもその大部分の作業をされる
漫画家さんってすごいなーと、つねづね思います。

私自身はサラリーで給料をいただいている身なのである日プロジェクトが終了して
一時特別大きな仕事がなくてもお給料はいただけます。
ですが漫画化さんってそういうわけにはいきませんよね。
ひとつの作品が終わる瞬間って達成感もあると思うのですがそれとともにある種の喪失感とか次の仕事の当てに対しての焦りとか済んだ仕事に関しての後悔だっり、色々あると思うんです。

私個人はいまその時期が過ぎて気持ちが切り替わったきたところなのですが
数ヶ月前にあるプロジェクトが終わって"燃え尽き"に近い状態になりました。
やっとこさ、その気分が晴れてきて、今はまた転換点であると認識しつつ、これまで仕事をさせていただいた機会と環境に感謝しているところです。

こういう仕事って何が自分の独創性でどこまで自分の創ったものが独創的か、とか葛藤ってあるんだと思うんです。
全てのコマに想いをぶつけていられない場面とかもあるとおもうんです。納期とかありますしね。
ただ諸々ありつつも1ファンとしては、またどういう形であれ、みそかさんの作品を読んでみたいと思います。
ここにそれを書き込むことがプレッシャーにならなければいいな、とは思いますが。

前回の書き込みを見た時になんだか"燃え尽き"の影を見たような気がして書き込もうかとも思ったのでが野暮だなーなどと思ったのですが今回は書きこんでみます。

HRの2巻をお待ちしています。
ぼちぼち、がんばってください。
  • 1ファンより#-
  • URL
  • 2008.03.28(Fri)
  • Edit
みそか先生

拝読しました。いろいろ共感できるところがあって、いろいろ考えさせられました。

私もサラリーマン生活を10年やってます。
日本のサラリーマンってプロ意識を持つことに強烈にこだわるところがありますね。
私も昔はそうでした。仕事が好きだったからのと、その仕事がもつ社会的意義を認識していましたから。
問題は、自分の、自社の利益を優先する考えを持つ人がいること。政治交渉のような泥沼になります。
最近、そういう調整役的仕事が多くなり、何やってるんだろうと思う毎日です。

みそか先生のおっしゃるとおり、表現活動はみんなのものです。
商業ベースで軌道に乗せるには奇跡も必要でしょう。
でも、毎月「奇跡」が訪れるのはすごいことですが、
奇跡が毎月やってくるのは、すでにみそか先生の実力になっているのではないでしょうか。
ぜひ次の目標に向かってチャレンジしてください。
次の奇跡を楽しみにしています。

私も、方法は違えど、表現には興味があります。
邪魔しているのは、自分のつまらないプライド。恐怖心、そして周囲の目。
最近、その眠らせたはずの思いが、目覚めようとしていて、戸惑っています。

  • おたけさん#xxDklMsI
  • URL
  • 2008.04.08(Tue)
  • Edit

Photoscope

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